高松高等裁判所 昭和47年(ネ)83号 判決 1973年8月10日
控訴人
四国フェリー株式会社
右代表者
堀本文次
右訴訟代理人
大西美中
被控訴人
塩田和子
外二名
右三名訴訟代理人
中村一作
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人訴訟代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加するほか原判決の事実摘示と同一であるから、それをここに引用する。
(一) 控訴人の主張
(1) 原判決は、「藤原正晴が昭和四四年四月二六日控訴人会社に退職の意思表示をし、控訴人会社は同月二〇日をもつて解雇する取扱いをしたこと、したがつて本件事故当時、藤原はもはや控訴人会社と何らの身分関係もなかつた事実」と、「自動車の運転は全くの無断である事実」を認定しながら、控訴人会社に対し自賠法三条の運行供用者責任を認めた。そして原判決は、その理由の一つとして藤原の心情、その運転目的などを挙げるのであるが、第一に泥棒運転者の心情や犯行の目的などによつて、自動車の所有者の賠償責任が左右されるという理論構成は、にわかに納得できないのみならず、甲第六号証、同第七号証と原審における証人藤原正晴の証言を比較検討すれば、本件車両を持ち出した藤田の行先、目的に関する原判決の認定は誤つており、藤原は同人の窃盗の習性に照らし、自動車を窃取し、行先も目的も漠然としたまま運転を開始したというのが真相である。また藤原がなお控訴人会社に勤務したい意向がないではなかつたなどの趣旨の藤原の心情に関する原判決の認定も、同人の退職前後の経過を仔細に検討すれば容認し得ないものである。
(2) また仮に控訴人会社に責任があるとしても嘱託による被害者の収入は、一時的のものとして算定するのが相当である。
(二) 被控訴人らの主張
(1) 藤原正晴の退職時点について
乙第一号証によると昭和四四年四月二〇日退職の記載があるが、控訴人側の証人によつても右字句の作成者は明らかでなく、かつまた藤原に対して右の旨の通知もないなどの点から、同日付の退職とは認め難い。もつとも甲第六号証の冒頭に藤原が四月二〇日退職した旨の供述がみられるが、これは事故直後の心情が極端に動揺している状態のもとになされたもので、甲第七号証によると右はすでに訂正されておるし、同月二六日午後控訴人会社宇野営業所において、その所長代理と藤原が配置転換のことで論争していることを考えると、同月二〇日には藤原が従業員たる地位を有していたことは明らかであり、右論争の際に「やめろ」、「やめてやる」などと口論しているが、仮にこれを退職ないし解雇の意思表示とみるにしても、所長代理に解雇の権限があるとは考えられない。このようにみてくると藤原は、もつとも早い場合で四月二七日に解雇されたものであろうが、それにしても控訴人側がその後になつて藤原に退職届を求めているところをみると、甲第八号証記載の昭和四四年五月二七日を正式退職の日とみるべきであろう。
(2) 控訴人の保有者責任について
仮に藤原が昭和四四年四月二〇日をもつて解雇されていたとしても、本件加害車両の運転直前の保管状況、藤原の車両借入れの申込を高松営業所員が断つていないこと、藤原の車両使用の目的、従前も同人が控訴人会社の車両を借り受けていたことなどの諸点に照らし運行供用者責任を免れることはできない。
(三) 証拠<略>
理由
一昭和四四年四月二七日午前一時四〇分頃、高松市紺屋町二番地先の道路上で藤原正晴が控訴人所有の車両を運転中、塩田敏彰に衝突して同人を死亡させたこと、藤原は昭和四四年一月九日控訴人会社に入社し、玉野市所在の宇野営業所で切符切りの仕事をしていたが、同年四月二一日以降欠勤し、同市所在の樋口運輸株式会社で運転助手として働いていたこと、そして同人は、同月二六日午後一一時五分発、翌二七日午前零時一五分高松着の控訴人会社所属のフェリーボートで高松営業所まで来たこと、他方その頃右高松営業所長堀川浩洋が社用で運転した前記車両を同営業所旅客待合室前に、エンジンキーを点火装置に差し込み、ドアの施錠もしないまま駐車していたことは、原判決にも説示するとおりいずれも当事者間に争いがなく、本件事故は、藤原がこの機会に右車両を持ち出して惹起したものである。
二しかるところ控訴人は、当時藤原が従業員でなく、右車両を窃取して運転中に事故を惹起したものであるから、控訴人が運行供用者責任を負うべきいわれはないと主張するので、以下検討する。
まず藤原が本件車両を持ち出し事故を起すに至るまでの前後の事情についての当裁判所の認定判断は、原判決理由の記載(原判決一一枚目裏一〇行目から同一三枚目裏一一行目まで)と同一であるからこれを引用する(当審における証人藤原正晴の証言中右認定に反する部分は措信できない)。
ところでいわゆる第三者の無断運転中の事故につき、自動車の所有者になお自賠法三条の運行供用者責任を肯定すべきや否やは困難な問題であるが、無断運転にも種々の態様があり、いわゆる泥棒運転なかんずく全く無関係の第三者が所有者の適正な保管を実力的に排して車両を持ち出すような、所有者の支配が全く排除されると認められる場合もあれば、所有者と第三者との関係その他の事情からなお所有者に運行支配が存したとみられる場合がある。要するに具体的事実関係に則り、無断運転によつて所有者の運行支配が排除されたと認められるか、なおその範囲内にあると認められるかによつて決せられるところであつて、それは所有者と運転者との身分関係、自動車の管理状況、無断運転の時間的・距離的関係、あるいは運転者による車両の返還予定の有無などの諸般の事情を総合して、客観的外形的に判断されるべきものと解される。
本件についてみると、前認定(原判決引用)のとおり控訴人会社高松営業所長堀川浩洋は社用で外出先から同営業所に本件加害自動車を運転して帰り、これを同営業所旅客待合室前方に、エンジンキーを点火装置に差し込んだまま、しかもドアに施錠することもなく前記のように長時間駐車してあつたものであり、<証拠>によれば、右駐車場所は控訴人会社の専用駐車場とされてはいるが国道三〇号線と接続しており、周囲に障壁や施錠設備はなく、何人でも自由に出入りできる状況にあるうえ、控訴人会社において特に保管に注意を払つていたものとは認められないこと、当時深夜ではあつたが前記午前零時一五分高松着のフェリボートは同零時三五分高松発宇野に向い、更に次に同零時四五分高松着、午前一時五分高松発の船便があつて、これらの乗降客のあることが予想されたことが認められ、これに反する証拠はない。また前記のとおり藤原と控訴人会社の雇傭関係は一応消滅したものの、運行日の前日まで雇傭関係があり、これが前認定のように本件車両を運行せしめる機縁となるに至つたものであること、藤原は短時間内に返還する予定で本件車両の運転を始め、その一〇ないし二〇分後に前記営業所からさして遠くない前示場所で本件事故を惹起したものであることなどの諸事情を勘案すると、控訴人会社は本件事故当時において、本件加害自動車の運行支配を失つていたものとは認められず、本件事故につき運行供用者としての責を免れないものといわねばならない。
控訴人は、当審において藤原の本件車両の持ち出しは同人と控訴人会社との従前の関係とは無関係な窃取による運転である趣旨の主張をするけれども、その事実関係は前認定(原判決引用)のとおりであり、したがつて控訴人の非難する右原判示の藤原の車両持ち出しの心情などの認定判示は控訴人会社と藤原との身分関係に関連して車両持ち出しの動機・目的などを判示したものであつて、右非難は当らない。その他控訴人主張について検討しても、藤原の車両持ち出しの動機・目的などについての右認定を動かすに足らない。
三そこで控訴人が被控訴人らに負担すべき損害賠償額であるが、この点は原判決の説示と同一であるから、それをここに引用する(原判決理由三および四、但し原判決一七枚目表末行「すれば、」の次に「原告らにおいて自認する」を挿入する)。
なお控訴人は、当審において亡塩田敏彰の嘱託による収入を、一時的なものとして、逸失利益の算定上考慮すべきであると主張するが、当審証人上枝数一の証言によつても亡塩田敏彰は特殊技能の保有者として、嘱託による継続的な収入が予定されていたことが認められる(この認定に反する証拠はない)のであるから、所論は本件の場合には妥当せず排斥を免れない。
四すると被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。
よつて本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(合田得太郎 伊藤豊治 石田真)